近年、教育業界では教師の負担増加が喫緊の課題となっており、AIを活用した業務効率化が進められています。実際に教育分野に携わる方であれば、AIを活用したいと考える方もいるでしょう。
しかし、
- どのようにAIを活用できるのか知りたい
- AIを活用することのメリット・デメリットが知りたい
- 具体的な活用事例が知りたい
などの悩みを抱える人も多いはず。結論からお伝えすると、AIはすでに教育業界で活用されており、採点などの事務作業をAIが担当することで業務効率化が図られています。
また、音声分析や画像認識といったAIの特徴を使って、生徒が効率的に学べるようになりました。
本記事では、教育業界でAIを活用するメリット・デメリットや具体的な事例を紹介します。教育業界でAI活用を検討している方はぜひ参考にしてください。
教育現場における課題とAIが活用される場面
ここでは、教育現場における課題とAIが活用される場面について解説します。
- 【課題①】教師の長時間労働
- 【課題②】学習指導要領への対応負担
- 教育現場でAIが活用される場面
順番に見ていきましょう。
【課題①】教師の長時間労働
近年教師の業務負担が増加しており、長時間労働が大きな社会問題となっています。体調面やメンタル面などにおいて支障をきたす教師が増えているのが現状です。
これまで教育業界では、教師一人ひとりが手動で授業したりテストを採点したりしてきました。しかし、教師一人の負担が大きくなるだけでなく、教師によって指導に差が出ることも課題です。
また、これらのことから教育業界がブラックであるといった認識が社会に広まっています。教師志望者が大幅に減るといった悪循環となっており、教師の業務見直しが急務となっているといえるでしょう。
【課題②】学習指導要領への対応負担
教育業界において小学校は2020年度から中学校は2021年から、高校は2022年から新しい学習指導要領が始まっています。学習指導要領とは、どの地域や環境で教育を受けても一定水準以上の内容である基準です。
このため、それぞれの学校では学習指導要領を基準として教育課程を編成しなければいけません。また、学習指導要領は約10年に一度改訂されるに伴い、その都度対応が必要であるため、教師の負担が大きくなります。
2020年の学習指導要領では、小学3、4年生から外国語活動がスタートし5、6年生で正式な教科となります。また、高校では保健体育と芸術以外すべての科目が変更されていることから、すべての授業が変わるといっても過言ではありません。
教える内容が変われば教え方も変わるため、教師の負担は増える一方です。
教育現場でAIが活用される場面
教育現場では、教師の負担を減らすためにAIが活用されています。教師は授業以外に採点や成績管理、校務処理、生徒指導などさまざまなタスクがあり長時間労働が社会問題になっているのです。
そこで、採点などの事務タスクをAIで自動化することで、人間が行うべき活動に集中できる仕組みが整えられています。
また、タブレットやスマートフォンを使って生徒が問題に取り組むことで、勉強内容や間違えた内容をAIが学習。学習したデータを分析することで、生徒一人ひとりの苦手な点を明確にして効率的に学習できることが期待されています。
生徒一人ひとりに向き合う時間が増えることで、生徒のモチベーションを高めることも可能です。
教育業界にAIを活用するメリットやデメリット
教育業界にAIを活用するメリットやデメリットは以下の通り。
- 【メリット①】分析したデータでカリキュラムを作成できる
- 【メリット②】音声分析を使って効率的に語学教育を提供できる
- 【メリット③】アダプティブ・ラーニングができる
- 【デメリット④】考える機会が減る
- 【デメリット⑤】導入コストがかかる
順番に解説します。
【メリット①】分析したデータでカリキュラムを作成できる
AIを活用することで、生徒の学習履歴や成績データを分析し、一人ひとりの理解度や苦手分野を把握できます。その結果をもとに、個々の生徒に合わせたカリキュラムを自動で作成することが可能です。
例えば、数学が苦手な生徒には基礎問題を多く出題する、得意な生徒にはより発展的な問題を提供するなど、適切な難易度の教材を提示できます。
このようにAIを活用することで、教師の負担を軽減しつつ、生徒の学力に合わせて効果的な学習プランの立案・実施が実現できるでしょう。
【メリット】音声分析を使って効率的に語学教育を提供できる
AIの音声分析技術を語学教育に活用することで、より効率的で効果的な学習が可能です。中でもスピーキングやリスニングは、教師によって教えられる質が異なることが大きな課題でした。
例えば、生徒の発音をAIが分析し、ネイティブスピーカーの発音とのずれを検出することで、正しい発音をリアルタイムにフィードバックできます。
また、生徒の語彙力や文法の理解度を音声から判断し、適切なレベルの学習教材を自動で提供することも可能です。さらに、AIによる音声認識を活用して、生徒との会話を練習したり口語表現を訓練したりすることもできるわけです。
このようにAIを活用することで、教師の負担を軽減しつつ、生徒一人ひとりに最適化された語学教育を提供できるでしょう。
教師や学校によって生じる格差問題の対策にもなります。
【メリット】アダプティブ・ラーニングができる
AIを活用したアダプティブ・ラーニングにより、生徒一人ひとりの学習スタイルや理解度に合わせた教育が可能です。
生徒の回答や学習速度、つまずきのパターンなどを分析し、それぞれに最適な教材や問題を提示する仕組みのこと。
例えば、視覚的な説明が理解しやすい生徒には図やグラフを多用した教材を、言語的な説明が得意な生徒にはテキストベースの教材を提供するなど、個々の特性に合わせた学習体験を提供できます。
また、生徒の理解度に応じて、問題の難易度を自動で調整することで、常に適度な挑戦と達成感を与え、学習意欲を維持することができます。このようにAIを活用したアダプティブ・ラーニングは、個別最適化された教育を実現し、生徒の学習効果を最大化するのに役立つでしょう。
AIの進化によってビッグデータをより効果的に活用できるようになり、高度なアダプティブ・ラーニングを提供できるようになりました。
アダプティブ・ラーニングは、文部科学省で推奨していることから今後需要が高まることでしょう。
【デメリット】考える機会が減る
AIを教育に活用することで、生徒自身が考える機会が減ってしまう可能性があります。AIが問題の解き方や答えを即座に提示してしまうと、生徒は自分で考えることなく、AIが示した解答をそのまま受け入れてしまうかもしれません。
この結果、生徒の思考力や問題解決能力が十分に育まれない恐れがあります。
教育におけるAIの活用は、あくまでも生徒の学びを支援するためのツールであり、生徒自身の思考を促すような使い方をすることが重要です。AIによる解説や助言はあくまでも参考として扱い、生徒には自分の頭で考えることを奨励する必要があるでしょう。
【デメリット】導入コストがかかる
AIを教育現場に導入する際の課題は、初期の導入コストがかかることです。AIシステムの開発や導入には、専門的な知識と高度な技術が必要であり、そのためのコストは決して安くありません。システムによっては、年間数百万から数千万円程度の費用が必要な場合があるでしょう。
また、AIを活用するためには、ハードウェアやソフトウェアの整備、教員へのトレーニング、カリキュラムの見直しなど、さまざまな準備が必要です。これらの初期投資に加え、システムの維持・管理にもコストがかかります。特に、小規模な学校や教育機関にとっては、AIの導入は大きな経済的負担となる可能性があるのです。
さらに、AIの活用には教員のスキルアップも欠かせません。AIを効果的に活用するには、教員自身がAIの仕組みや利用方法を十分に理解することが必要です。そのための研修や教育にも、時間とコストがかかります。
このように、AIの教育への導入には、初期の導入コストだけでなく、継続的な維持・管理コストや人材育成のコストも必要となります。これらのコストに見合うだけの効果が得られるかどうかを慎重に見極める必要があるでしょう。
教育業界のAI活用事例5選
教育現場におけるAI活用は、特に塾や予備校で進んでいます。ここで紹介する事例を参考に、学校でも活用できることはないかチェックしてください。
- 野田塾|生徒一人ひとりが苦手な部分を分析
- Z会|データ解析をもとにした生徒の学習度を解析
- 代々木ゼミナール|AI自動採点で業務を効率化
- 英進館|受験合格の得点を予想
- 戸田市教育委員会|アダプティブ・ラーニングを実施
1.野田塾|生徒一人ひとりが苦手な部分を分析
野田塾は数学の授業にAI学習教材であるatama+を導入しました。生徒がatama+を使って問題を解くことで、AIが各生徒の弱点となっている分野や問題のパターンを特定し、その克服に向けたカリキュラムを組み立てます。
例えば、数学の特定の単元でつまずいている生徒には、その単元に特化した補習授業や追加の問題演習を提供します。
また、英語の長文読解が苦手な生徒には、読解のコツを伝授し、適切な問題を繰り返し解かせることで、読解力の向上を図ります。
野田塾では全授業時間のうち半分近くの授業でatama+を使っており、残りの時間で集団授業を進めています。
集団授業を実施しながら、生徒一人ひとりの学習状況や苦手な点を明確にすることで効果的な学習を可能としています。
2.Z会|データ解析をもとにした生徒の学習度を解析
Z会では、90年以上の指導実績をもとに作り上げたAI学習エンジンを開発し、生徒一人ひとりに最適な学習体験を提供しています。
このAIエンジンは、難関大合格に必要な到達度とそこに至る最適な手順を徹底的に分析し、教育プログラムに反映しています。
また、Z会のAI学習では難関大をめざす他の生徒と比較することで、自分の理解度を明確に把握することができます。これにより、自分に不足している部分を特定し、効果的な強化が可能です。
さらに、蓄積された学習データをもとに、生徒一人ひとりの得意・不得意や学習傾向に合わせた最適な問題を出題。生徒は自分に最も適した問題に取り組むことができ、最短ルートで学力を伸ばすことが可能です。
Z会のAI学習は、難関大入試を見据えて緻密に設計されており、効率的かつ効果的に学力を入試レベルまで引き上げられます。
3.代々木ゼミナール|AI自動採点で業務を効率化
代々木ゼミナールでは、理化学研究所革新知能統合研究センター自然言語理解チームと共同で、記述式問題のAI自動採点システムを開発しました。
このシステムを活用することで、これまで教員が手作業で行っていた記述式問題の採点業務を大幅に効率化できます。
AIであれば即時に自動採点できるため、生徒は回答後すぐに自分の理解度を把握することが可能です。
また、教員は採点の時間と手間を削減でき、生徒への個別指導やフィードバックにより多くの時間を割くことができるでしょう。
代々木ゼミナールでは、このAI自動採点システムを活用した現代文の教材「記述式をAI採点する現代文トレーニング」を2021年7月から提供開始しました。
この教材には、大学入試を意識した9回分の問題が収録されており、記述式問題を効率的に自学自習できるようになっています。
AI自動採点の導入により、教員の業務効率化と生徒の学習効果の向上を同時に実現できる画期的なシステムを、代々木ゼミナールは実現しました。
4.英進館|受験合格の得点を予想
英進館では、AIを活用したクラウドプラットフォーム「MAGELLAN BLOCKS(マゼランブロックス)」を導入。福岡県公立高校入試の平均点や各校の合格ラインを高速かつ高精度で予測しています。
従来は25人の教師が2時間かけて分析していましたが、過去の膨大な生徒の成績データや各校の倍率・受験者数などをAIに学習させることで、わずか10分で予測が完了できるようになりました。
AIによる予測値は、ベテラン教師の算出結果とほぼ同等の精度を実現しています。
この取り組みにより、教師は生徒指導などにより多くの時間を割くことができるようになりました。AIを活用した合格ライン予測は、受験生にとって合格の可能性を判断する重要な指標となっており、英進館の受験指導を支える大きな強みとなっています。
5.戸田市教育委員会|アダプティブ・ラーニングを実施
戸田市教育委員会では、アダプティブ・ラーニングシステムQubena(キュビナ)を活用し、生徒一人ひとりの理解度に合わせた効果的な学習を実現しています。
タブレットを使用して授業の復習、問題演習、定着度確認などに使用することで、生徒は多様な問題に取り組むことができ、学習への取り組み方が全般的に向上しました。
特に苦手意識のある生徒でも、自分のレベルに合った問題に取り組めるようになり、基礎学力の向上につながっています。
また、教師は生徒の学習状況を把握しやすくなり、適切な指導が可能になりました。Qubenaの導入により、問題配信の準備時間も大幅に短縮され、教師の負担軽減にも貢献しています。
教育業界のAI活用事例に関するQ&A
教育業界のAI活用事例に関するよくある質問についてまとめました。
- AIを使って採点をよりスムーズにできますか?
- 教育業界でAI活用をすると雇用が減りますか?
- AI導入で教育の質を高められますか?
- 教育業界でAIを導入するデメリットはありますか?
- 教育業界のAI導入において政府は何か対策していますか?
- AIを使って採点をよりスムーズにできますか?
-
AIの画像認識や解析を使って、記述式の採点をよりスムーズにできます。従来の方法では、教師が記述内容をすべて目視で確認する必要がありました。
そのため、時間や労力が必要なことから教師の負担増が課題に。そこで、答案用紙を取り込み画像処理することで解答内容を抽出できるようになりました。
採点方法を前もってAIに設定しておくことで、自動的に採点することが可能に。採点時間を減らすだけでなく、主観的な採点を避けることで公平性を保てるようになりました。
- 教育業界でAI活用をすると雇用が減りますか?
-
AIの活用によって業務内容が変わる可能性がありますが、すぐに雇用が減ることはないでしょう。
AIを活用することで採点や生徒管理といった単純作業の労力を減らせます。しかし、AIの仕組みを構築したり最終的にチェックが必要になったりと人間がすべきことがまだあるため、人間の行う仕事が無くなることはありません。
- AI導入で教育の質を高められますか?
-
AI導入によって教育に関連する大量のデータを分析できます。AIを使って生徒一人ひとりの強い点や弱い点、入試の傾向などさまざまなデータを利用可能に。
データを使ってどのように教育の方法を考えるかを考慮できることから、教育の質を高められる可能性があるでしょう。
- 教育業界でAIを導入するデメリットはありますか?
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教育へのAI導入には、高額な初期費用と維持コストがかかります。また、生徒の学習データや個人情報を大量に扱うため、セキュリティ対策が不十分だとデータ漏洩のリスクがあります。
AIを効果的に活用するには、コストに見合った教育効果の検証と、徹底した情報管理体制の構築が欠かせません。
- 教育業界のAI導入において政府は何か対策していますか?
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日本政府は2019年に「AI戦略2019」を掲げており、AI人材育成に力を入れています。マナビDX(デラックス)とよばれるポータルサイトを提供し、デジタルスキルを学べるような学習コンテンツを提供。
総務省でもAI教育やデータサイエンスを積極的に支援していることから、今後もAI導入が進んでいくことでしょう。
まとめ
本記事では、教育業界におけるAI活用の事例とメリット・デメリットについて解説しました。最後に、重要なポイントをおさらいしましょう。
- データ分析や音声分析、アダプティブ・ラーニングなど、AIの特性を活かした活用方法がある
- 生徒一人ひとりの理解度や学習傾向に合わせた教育を提供できる
- 教師の業務効率化と生徒の学習効果向上を同時に実現できる
- 導入コストや情報管理体制など、慎重に検討すべき点がある
- AIを効果的に活用するには、教師のスキルアップと適切な指導が不可欠である
教育現場へのAI導入は、課題解決に向けた有効な手段の一つです。ただし、AIの出力内容が常に正しいとは限らないため、教師による確認と適切な指導が必要不可欠です。また、導入コストや情報管理体制といった課題にも注意が必要でしょう。
AIを活用することで、教育の質を高め、教師と生徒双方にメリットをもたらすことができます。各教育機関の状況に合わせて、AIの効果的な活用方法を模索していくことが重要だと言えるでしょう。